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2011.03.14

大地震 東北地方太平洋沖地震(その1) 2011年3月11日(金)~12日(土)

書き散らかしてますが、私がどう過ごしたか、を残しておこうと思います。
ご心配いただいた皆さん、ありがとうございます。12日の午後2時頃さいたまの自宅に戻り、電気ガス水道全部問題なしで、被害もないです。

<2011年3月11日(金)> 新宿で帰宅困難者に。

●2時46分頃
 JR新宿駅で、地下通路移動中に揺れているような気がして、めまいかと思ったら地震でした。
 地下にいるよりは、と揺れている中、走って地上ホームへ。揺れが治まったところで電車を待って(湘南新宿ライン、大宮方面行き)乗り込み、30分くらいは停車中の車内で待ったけれど、その後また地震で、結局避難命令が出て全員駅から出るように誘導されました。一応「新宿御苑が避難場所です」とJRで言われたけれど、単に駅から出された以降は誘導がなかったので、交番で聞きながら新宿御苑へ。

 この時、同居人と両親へはテキストメッセージで状況報告。
電波状況が良くないのと、携帯の電池が残り少ないので、ここで携帯off

 行く途中、百貨店、飲食店、販売店はみんな店からお客を出し、店員を1箇所に集めてさらに揺れがひどくなった場合は避難できるように準備しているのを見かけました。

 さて、新宿御苑に行ったところ、普段有料のゲートも非常時のため開きっぱなし。しかし、情報はなにもないし、誘導も指示もなく、烏合の衆といった感じ。会社から来たらしい人たちは揃いのヘルメットをかぶって集まってました。

 しばらく座って時間を潰していたところ、雨がぱらつきそうになり、大きな木の下へ避難。雨はすぐに止んだのだけれど、そこでちょっとおタク風なお兄ちゃんが、ポケットサイズのラジオとゲーム機用のスピーカーでみんなにラジオを聴かせてくれていて、「兄ちゃん、偉い!」と思いました。
たまたま近くにいた外国人(アメリカ人?)にいい加減にニュース内容を英訳してあげてたら、兄ちゃん英語のFMにしばらく切り替えてくれました。

 公共の場所で、情報を得る方法が携帯以外にないというのも問題だなーと思いました。いまどきラジオを持って歩いている人は相当少ないでしょう。それにそういうときは携帯も混んで通じにくいし。

 
●午後5時ごろ

 夕方になってきたので、とりあえず新宿駅へ戻りました。駅ビル(ルミネ)の中に居ようとしたら、5時くらいで閉店とシャッターを閉められたので、その外で座ってました。ここなら最低限JRのアナウンスが聞こえるので。

●午後6時ごろ
 JRのアナウンスが「本日中の復旧のメドがありません」から「今日の運転は全線取りやめ」に。

 仕方がないのでタクシー乗り場に7時半くらいまで並んでみたものの、進みが悪い。寒くなってきたのであきらめてホテルを取ろうとしたけれど、どこも「本日満室」の張り紙。6-7件回ってもダメ。

●午後8時20分頃
 とりあえず食料確保、とコンビニでお菓子を買って、商業ビル(新宿アイランドタワー)で座り込み。ここは地下鉄丸ノ内線の西新宿駅とつながっているので、鉄道の運行情報が得られだろうと思ったわけです。時々お菓子を食べながら、ビル内で座り込み。暖かくて清潔なトイレが使えるのがありがたかった!でもやっぱり通路に座ってるのはちょっと寒い。。。

●午後11時くらい
 ビルの管理センターから「締めますよー」のアナウンスがあり、仕方なく外へ。出たところで新宿署を見かけてとりあえずロビーで休んでいたら、周りの人は公衆電話や携帯電話を使って家族に迎えに来てもらっているようでした。

●午後12時くらい
 新宿署の人に「ここは避難所ではないので待ち合わせ以外の人は避難所に行って下さい。」と地図にマーカーで印をつけて渡してくれました。じゃぁ一番近いところへ移動かな、と思っていたら、出口で警察の人と外国人がやりとりをしていて、どうやら話が通じていない模様。「どしたんですか?」と聞くと「女性は頭が痛いから病院に行きたい」と言い、警察の人は「ここから歩いて2,3分で病院があるから」と言う。でもカタコトの日本語なので話が通じてない。。。「あのー、私も付き添うので、病院まで案内してもらえませんか?この辺の土地勘がないので」と提案。親切な警察の人に案内してもらって、東京医大病院へ。付き添って相当いい加減な通訳もどき。オーストラリア人の彼女、リンパ腺が腫れているけど熱はなく、問診と痛みどめで合計1.7万円!旅行者用保険で払い戻しはあるらしいけど、大出費!クレジットカードで何とか払ってました。さて、用も済んだし、と待合を見回すとブルーシートを敷いて、毛布を借りて寝ている人がそこそこ。とはいえ満員でもないので、看護師さんに「彼女具合が悪いので、避難所まで歩かせるよりここに泊らせてほしい」と言ったら毛布と、足をくるむアルミの大きな袋を貸してくれました。椅子に座って毛布かぶって寝られて、しかもTVでニュースがつけっぱなし、という状態で結構しっかり寝られました。12時半ごろのことです。

寝る前に、さっき買ったお茶とミニどら焼きで空腹を誤魔かして寝ました。
オーストラリア人の彼女も空腹だったようで、おいしそうにミニどら焼き食べてました。

一人でいるよりは、人と一緒の方が気も紛れるし、心細さも減るもんだなー、と。今回おせっかいのせいで運よく暖かい場所で寝られることになりました。


<2011年3月12日(土)> 昼まで待って、無事帰宅!

●午前5時6時からニュースが流れていて、JRは復旧、と言っていたけれど新宿駅からの中継では「まだ駅構内に入れません」など言っているので、とりあえず昼ごろまで待って家に帰ることに。


●朝6:30頃と9:30頃、実家へ電話。
 硬貨を入れる公衆電話に10円と100円を入れてかけたけど、お金が全部戻ってきました。NTTが公衆電話を無料で使わせてくれているらしい。オーストラリア人の彼女にも「かけてみたら?」と言ったら国際電話でおうちにかけられたらしい。よかったね!

●午前10時くらい
 新宿アイランドタワーに行ってみたら、エクセルシオール・カフェが普通に営業していてびっくり。普通に朝ごはん食べちゃいました。

●午前11時くらい
 新宿駅方面へ。途中でセンタービルのソフトバンクで携帯充電しようかと思ったら、閉まってた。。。西口のビックカメラで別の買い物のついでに充電!(無料でやらせてくれました一人10分でお願いします、とのこと)

●午前12:30くらい
 埼京線に乗りましたが、通勤ラッシュ時くらい混んでました。アナウンスによると、通常の30-50%程度の運行状況。

●午後2時くらい
 帰宅!電気ガス水道、全て問題なし!顔を洗ってビールを飲みました。ほっ。


<学んだこと>

寒さ、空腹、情報のなさ、が困ったことでした。(なので心細くなりました)


<1.情報不足>

・どこに行っていいのかわからない、情報の不足、携帯電話の不通、が困ったことでした。
 「避難場所は新宿御苑です」「避難場所は○○公園です」と言われ、行ったところで屋外の避難所では寒い中にただ居るだけ。高層ビルにいるよりは地震が起こった場合安全だけれど、、、、という感じ。半日程度でしたので問題はなかったのですが、避難所として提供されるべきもの(必要な環境(寒さをしのげる場所)と物資と情報)ものがどこに行けば手に入るのか、それをまず最初に教えて欲しかった。

・JRが止まった
  ->タクシー乗り場はいっぱい(道も混んでいるので望み薄。タクシーに乗ってもものすごく時間がかかったはず)
  ->ホテルを探したけど、これも満室
  ->警察で避難所を教えてもらった

 最初から警察で避難所を聞けばよかったなぁ。ただ、避難所が何時くらいから設置されたのか、知らないので自分がうろうろしていたころはまだなかったのかも?

 ということで、こういうときは、警察や市役所等の公共機関で避難所について聞くべし!と。


・情報を得るために駅の近くやテレビのあるところにいるように心がけました。

・公衆電話が無料になっていたので、誰かに電話して自分がいる場所付近の避難所について調べてもらう、という方法も使えたかも?


<2.寒さ>

・比較的厚着をして出かけるのが幸いしてましたが、それでもじっと座っているのは寒かったです。


<3.空腹>

・コンビニでお弁当は売り切れていましたが、お菓子があったので買っておいたのが幸いしました。なので、空腹で困ることはなかったです。
・緊張のせいか、普段よりのどが渇きました。これもコンビニ調達のお茶で対応。


<今後の希望>

・公共機関(地方自治体や警察)は、帰宅難民がいる場合には避難所情報をアナウンスして回るなり、商業ビル内で流してもらうなり、もっと積極的に情報を流してほしい。携帯電話がつながりにくいので、当然個人で得られる情報はほとんどなくなってしまう。


<反省>

・こういうことが起こった時、歩いて帰るにはどの道を行けばいいか、全くしらなかった。
・普段持ち歩いている東京のポケットマップをたまたまこの日はアパートに忘れてしまった。
・コンタクトレンズの保存容器を持っていなかったので1晩つけっぱなし。。。(問題なかったですが)
・携帯の充電器を持っていなかった。(私の携帯は古いので、ちょっと使うとすぐ電池が無くなる)


<良かったこと>

・適宜、食べ物、飲み物を調達したので空腹で困るということはなかった。
・本を持っていたので暇にしている時間に読むことで気を紛らわせられた。
・比較的厚着をしていた。ブーツだったので、足首が覆われていたのもよかった。
 手袋、マフラーもしてました。


疲れてきたので、途中かもしれませんが、この辺で寝ます。
気が向いたら続編or改訂版を書くかも。

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