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2005.08.09

1945年8月6日と9日原爆投下

NHKの「週間こどもニュース」で、小学校の約半分で使われている6年生の社会科の教科書に「6日に広島、9日に長崎に原子爆弾が落とされ、一瞬にして数万人の人が亡くなりました」といった内容しか書いてない、と言われ、愕然。数万人って、言葉のニュアンスはどう考えても10万人未満。下手をすると2,3万人に聞こえます。ウソはついていないけど、数字を隠すことで被害のひどさを隠そうとしているように思えました。幸いインターンネットがあるので、その気になれば子供でも情報収集がしやすいけれど、そもそも興味を持つ機会がないことが問題だなぁ。。。

ということで、ひとこと書いてみます。(子供の読者の方はあまりいないかもしれないけど)

まず、データから。

<広島市(1945.8.6投下)>
広島 約35万人の市民や軍人
昭和20年(1945年)12月末までに、約14万人が死亡したと推計されています。
(データは広島市のホームページより)

<長崎市(1945.8.9投下)>
長崎の街は破壊され、当時の人口のおよそ3分の2が死傷しました。
約24万人
死者 73,884人
重軽傷者 74,909人
(データは長崎市のホームページより)

同じ「週間こどもニュース」でアンケートをとったら、小学生の半数が全然原爆があったことを知らない、何が起こったのか、どこに落ちたのかすら知らない。アンケートでほぼ半数が全く知らなかった。。。ショックです。(母数や具体的なパーセンテージの数字もメモしていないので、データがイイカゲンですみません)

火傷、下痢、吐血、ウジ(カラダにウジがわく!)、想像を絶する状態が多くの人に起こったと番組でインタビューされていました。それに続く差別、後遺症、遺伝への不安。。。これは60年たとうが、100年たとうが、忘れてはいけない事実です。

カナダの場合、8月6日はニュースで触れられていました。私はラジオで聞きましたが、決して「原爆によって戦争が終わった」というニュアンスではなく、原爆投下、死者数、という事実に基づいたものを淡々と流していました。中立的な立場を感じました。カナダは米国と同様に戦争中、日系移民に対しての強制収用も経験していますし、日本だけが悪かったという言い方はしていないのかも。

でも、先日、オタワの新しい戦争博物館を見に行ったら、ファシストのイタリア、ナチのドイツ、帝国主義の日本、と3つ並べて第二次世界大戦の敵国として書いてあり、なんだか微妙な気持ちになりました。日本にとっての大戦開始(真珠湾攻撃)の引き金は、南方資源(石油、ゴム)を確保する目的とされているわけですが、、、、。(うーん、当時の世界情勢についてもの申せる自信がないので、これ以上は書けません)

私個人としては、原爆投下の裏に必ず人種差別という要素があったような気がしてならないのです。北米で人種差別がない、というのは今日でさえ事実ではないのですから。

8月8日(月)晴れ時々くもり 最高気温32度 最低気温18度 (最高体感気温35度)

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コメント

お元気でしょうか。初コメントかも。BLOGはちょくちょく見させていただいています。
重い内容だけど、若い人たちは本当に知らないんだね。でも自分も学生時代はせいぜい「はだしのゲン」とか、折鶴を折り続けた白血病の娘の話とかくらいしか印象になかったです。現代史は授業ではほとんどやらないので自分から進んで調べないと無理なのかも。広島の原爆ドームや資料館は2回行った事があるけど、やはり衝撃的でした。TVなどでは映せないものが一杯展示されています。日本人なら一度は見ておいてください。いろいろ思うことがあると思います。
原爆についてはアメリカの戦争という名の元での実験だと思っています。広島や長崎など投下予定地はほとんど空襲しないでおいて、原爆による被害規模を確認しました。ウラン型とプルトニウム型の2本とも投下されているし。悲しいことですが、この実験によりどういう被害が起きるのか初めて明らかにされ、今日までの乱発防止に繋がっているんだと思います。
人種差別的なものもあったと思います。当時は、西洋人からみれば東洋人は何人死んでも罪の意識は無かったのでは。太平洋戦争は西洋人と東洋人との戦いであったとも思います。戦争を美化するわけではないけど、極東の日本が300万人もの命を失っても国を守ろうとしたことが、アジア・アフリカでの独立に少なからず影響を及ぼしたと思います。
長くなるのでこの辺りで。終戦記念日に特番もいろいろあるのでじっくり見てみようかと思います。言葉足らずな点はご了承を。

名古屋のたけちゃん、重い内容に率直なコメントありがとうございました。

初コメントじゃないかな、と思います。

広島の原爆ドームと資料館、何度か行った事がありますが、また改めて行きたい場所ですね。トシを取ったら感じ方が違ってくる部分もあるでしょうから。

なぜ原爆が落ちるに至ったか、は歴史教育の中で深く触れるのは難しい問題だと思いますが、それについて疑問を持てる程度の情報は学校でも与えて欲しいような気がします。解釈はひとりひとりの課題でいいのでは。つまり、立場によって経緯に対する見方が異なり、絶対的に正しい歴史というものがあるとは限らないという典型例だと思います。だから高校生ぐらいで扱って欲しい内容ですね。小学生ではちょっと難しいと思います。

確かに原爆投下はその後の冷戦に備えての見せしめ的な要素もあったようで(これはたまたま先日ラジオをつけたらコーネル大学教授のインタビューがあり、「戦争の早期終結と同時に、冷戦に備えての見せしめ的な要素も原爆投下の大きな理由だった」と答えていたのを聞いたのでこう書きます)、その後の核抑止力という面に繋がっているのも事実でしょう。それから核爆発での被害者への医療における研究も日本が世界で一番進んでいて、原子炉などで事故があったときにその被害者への対応に役立てられていることも一面としてあると思います。

敗戦国である日本の歴史が正確に残っていくことはとても難しいような気がしますが、生き証人がいる事実の部分(解釈ではなく)は、できるだけ知っていなければ、と思います。

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